生マッコリの魅力を大発表!

infomation

教育は、確かに効力を発揮し、日本は経済的には大変豊かな国になりました。 けれども、私達日本人のいうみんなは、決して人類のみんなではなく、日本人だけのみんなであったのです。
世界がこれだけ狭くなり情報が同時に飛びかい、世界なくして日本の繁栄はあり得ない今では、この”日本人だけのみんな”というのを一度バラバラにしてしまう必要があります。 「人類みんなで」ということになるにはまだまだ時間もかかりますし、同じ価値観をもつには程遠い、生活の違い、歴史の違い、環境の違いがあります。
でも、人類みんながハッピーになりたいことを理解して、歩みよる努力をしなければなりません。 日本人として考え、日本人として物事を見るのも大切なことではありますが、やはりそのワクをはずして、地球の1人の人間として物を見、考え、意見を言う、という訓練がこれからは絶対に必要なのです。
又、同時に、世界の人達に向かって、「日本人は特殊で変な人種だ」と思わせておくのではなく、日本人というものを理解してもらう努力も相当にしなくてはなりません。 世界の人にいつも誤解されるぐらい日本人は自己表現が下手なのです。
特に政治家、外交官の自己表現力の訓練は最も早急に必要です。 戦争の時代のように、上からギューギュー押さえつけて管理し、怒りとばしてガマンをさせて、という方法で教育を考えるのはもう限界です。
目立たないこと、特別な子をつくらないこと、みんな一緒を唱えることが平等であり、民主主義だと考えているのだとしたら、あまりにも幼稚ではありませんか。 子供の卒業式で、「別れの言葉」なんていうのを、全員で少しずつ言わせるなんて、いったい誰が考えたことでしょう。

ああいうことが平等だと思っているのだとしたら、まったく勘違いもいいところです。 人間の能力は違うのです。
人間の望みも又違うのです。 違うということを認めることが平等なのです。
みんな同じにすることが平等ではありません。 社会に出れば大変な競争をしなければならないではありませんか。
学校でいくら祝辞を分担させようと、学芸会の主役を数人に担当させようと、無意味です。 人数割り当ての5段階で成績をつけて生徒を差別化しているし、第一、受験戦争で子供達は大変な競争をしていて、そんな表面的な平等がウソッパチだと見抜いているし、親だってバカバカしいと思っているはずなのに、いったい誰が満足しているんでしょう。
社会で毎日闘っている父親のほうは、実際会社に入って10年20年たってみると学歴でさえもどれくらい役立つか疑わしいと内心思っているはずなのです。

生マッコリのコツ、すなわち人に「わからせる」ように書く秘訣は、生マッコリを言葉や文字で表現出来ることと出来ないこととの限界を知り、その限界内に止まることです。